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朝は7時起床。でも眠くてぼんやりしている。意外と準備に手間取り、7時半すぎにようやく中山公園へ狛犬と会うために向かうことができた。公園までは交通量の激しい道をゆくので距離の割に時間がかかってしまった。前日天海さんから聞いていたとおり、公園内では踊ったり体操したり古い歌謡曲でダンスしたりとみな楽しそうだ。そんな人々を眺めながら奥へ進んでゆくと、おもしろい顔をした獅子と出会う。孔子廟の欄干に据えられているのだが、皆ぶさいくだ。朝から大笑い。 |
| さらに進むと、そこには台中神社の跡が・・・上部が取られた石灯籠が並ぶその奥に狛犬発見。でも、阿の足元に何と!丸めた新聞紙が挟まれていたので「誰だ!ゴミこんなところに挟んだのは」と、思わずどけようとしたが、そばにいたおっちゃんに止められた。「わしの帽子が包んであるのじゃ」・・・気の毒な狛犬ちゃん!帽子置き場にされちゃったのね!ごめんね、何もできなくて。 狛犬が据えられている本殿跡とおぼしきスペースでは、大勢が太極拳をしていた。じゃまにならないようそっと狛犬を撮影した。そのまま来た道をぶらぶら戻っていたら、ちびまる子ちゃんの曲(確か2年ほど前のエンディング)に合わせて踊りまくるチーム発見!かわいいアニメソングに似つかわしくない程の激しさだ。笑いをこらえつつ、ダンナさんが彼らをバックに記念撮影した。そして、倒されている鳥居を写真におさめた。 とてもいい感じの園内をぶらついていたら、待ち合わせの時間が近づいてきた。朝食に豆漿(私の中ではベスト・オブ・アサメシだ!)を食べたかったが、諦めてコンビニへ。そこでセルフホットドッグを購入。ソーセージがあたためられている装置の下部に引き出しがあり、その中にパンが入っていて、好みのソーセージを選んで自分でパンにはさみ、紙箱へ入れるのだ。マスタードとケチャップもある。いつでもあたたかい、パンがしわしわにしけっていないホットドッグを食べられる、こりゃええわ!フルーツ牛乳やコーヒー、くるみあんパンも購入したが、そう、コンビニ袋がないのだ。やっぱり。仕方ないから全部手に持ってホテルへ・・・ものすごくかっこ悪かった。 ホテル前へ先生がすでに来られていたため、あわてて断りを入れ部屋へ戻り、ホットドッグを流し込んだ。そんな食べ方だったが、結構おいしかった。約束の8時半にはなんとか間に合った。そこから鹿港へ出発。精明一路を通ったが、ここはとても美しい。そごう、ホテルが建ち並ぶ町並みを眺めたり、先生と世間話をしていたらあっという間に鹿港へ到着。高速道路で1時間ほどだ。 |
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| 一通り見終わって、参道を抜け、お土産やさんをまわり、新祖宮へ。隣にある建物ではお祭り用の十二支が紙で作られている最中だった。中へ入れてもらって、見学した。お琴が置いてあったので先生が尋ねたら、紙人形を作っている女性(ひとりで作業に励んでいた)本人が演奏するものだという。演奏した曲のテープを聴かせてもらった。お礼を言って外へ出たら、犬が気持ちよさそうにひなたぼっこしていた。今日はとてもよく晴れていて、暑くもなく寒くもなく、時々吹く風もさわやかで気持ちがいい。 | ![]() |
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| おねいさんに、ぬりぬりしてもらうのをまっています。 |
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先生が「どこか他に行きたいところはありますか?」と質問してくださったのを幸いに、このまま「九曲巷」を見逃しては帰れないと、少し引き返してもらった。まずは「十宜楼」を、地元の小学生集団と共に眺める。瓶が横柱をささえているような格好でなかなか面白い。そのままくねくねと曲がった路地を抜けるといよいよ「九曲巷」だ。小学生が一人ずつ通り抜けている。全員通った後から、私たちも一人ずつ通り抜けた。リュックが時々引っかかりそうになるくらいに細い路だった。閉所恐怖症の人にはかなりつらいものだろう。路は、いろんな方向に抜けているのでどこがどうつながっているのか、一瞬では判断できない。確かに、泥棒にはなかなか抜け切れまい。 | |
| 九曲巷。「こんなところで誰にも知られず死んでしまうのか ああ・・・」ってくらい狭い。はあはあ。 |
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みんなでひとしきり笑ったあと、道路脇に広がる陶器市を楽しみながらまっすぐ歩く。急須が100元もしない価格で売られていた。玉石混淆なのだろうが、見分けは難しい。さて、高校へは10分くらい歩いて到着したが、お目当ての狛犬がいない。そこで具体的な場所の説明を読むと、「三民路をまっすぐいったところにある」と書いてある。地図を見たら、そこにあるのは中学校だ〜!・・・平謝りするしかない。そしたら先生はせっかくだから、と車を中学校へ出してくださった。うれしい!!車なのですぐに中学校へ到着。中学校正門前にはりりしく立派に胸を張るちょっぴり太めの岡崎古代型狛犬が!思わず駆け寄ってしまった。雲ひとつない美しい青空の下、今も頑張るその姿は私の心に深い感動を与えた。すばらしい姿を見せてくれてありがとう!ずっとずっと、中学校のみなさんを見守ってくださいね。狛犬の写真を撮り終え、先生の車でそのまま彰化駅へ。40分ほどで到着した。 |
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| (右上)肉粽。甘辛いソースに香菜がアクセントとなっておいしい。 (右下)魚丸湯(魚のつみれスープ、あっさりしている) 肉粽とあわせて食べるのが一般的だとか。 (左)影化駅前。大晦日とは思えない日差し。 |
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| (左)肉圓製作風景。 (右)これが肉圓(ばーわん)。外皮に十字の切り目を入れ、たれをかけたものが出てくる。 |
駅へ戻り新聞とビールを買い、列車に乗る。列車の中では景色を楽しむつもりが、ぽかぽか陽気と晴れ渡った空のせいで気持ちよくなり、出発してすぐにぐうぐう寝てしまった。そして再び目覚めたときにはすっかり北側の天気。どんよりとした雲が空を覆っていた。台北駅に到着し、そのまま改札を出ないで同じプラットホームから出る列車を待つ。ほどなく次の列車が到着。乗り込んで、松山駅をすぎる頃までは外を眺めていたが、その後は日が落ちたので新聞を読んでいた。そしてなんとなく宿泊先住所の確認をしたところ、日本で調べておいた獅子博物館の住所とバウチャーに記されているそれが違っているのだ!獅子博物館に併設されている宿泊施設のはずだが・・・と顔面蒼白。でも、同じ場所になくても翌日宿泊先からタクシーでも乗って博物館へいけるだろうと思い、気分直しに車内販売の弁当を購入、ばくばく食べた。まさかあんなことになるとはつゆ知らず・・・そうして頭城駅に到着。 |
| さてこの駅で本当に下車して良かったのか見当がつかない。とりあえず宿泊先へ電話をかけてみた。そして、頭城駅にいるが、ここからタクシーでどれくらいかと尋ねたら15分だという。住所も念のため尋ねたら、バウチャーと同じだった。しかも、獅子博物館と同じ場所にあるという。そうなのか!と急に元気になった。それから外へ出て、たむろしていたタクシーの運ちゃんに住所を見せたが、宿泊先の名称に聞き覚えがないようだ。それで「獅子博物館と同じ所だ」と言うとすぐにわかったようで「200元」と答えが返ってきた。 海沿いの暗い、緩やかなカーブが連続する道をどんどん行く。駅から15分といっても、そんな道をほぼノンストップで飛ばしての時間だ。結構距離があった。暗い中ぼんやりとした光が見えるなと思っていたら、獅子博物館に到着。なんと館長さんが外で待っていてお出迎えしてくれた!しかも館長さんは日本語を少しだけ話せる。なんだかほっとした。 建物は想像していたよりずっと綺麗で驚いた。チェックインをすませ、部屋に案内してもらう。そうすると、オーシャンビューで部屋から日の出が楽しめるのだ。バスルームもきれいで、リゾートホテルそのものだった。館長さんは部屋の窓を開けて、ここから亀山島や朝日が見られると説明してくれた。どうやらいい部屋を用意しましたよ、というアピールだったようだ。うれしいな。その後、館内のレストランで亀山朝日(亀山島から登る朝日が美しく、観光名所になっている)の説明を受け、続いて館内を案内してもらった。 4階建ての建物(パンフレットによれば、「伝統と現代を兼ね備えた中国福建地方の建築」とのこと)は、上2階が宿泊施設などで、下2階部分が博物館になっている。最上階はスペシャルルームになっており、一つのフロアに居間、和室、寝室が2つ、キッチン、そしてでっかい風呂やゴージャスなトイレまである。さらにその上にも1部屋だけあるのだが、そこは畳敷きで掘りこたつになっている宴会場だ。屋上は小さな庭園になっていて、凝った池まである。しかも、そこからは広大な敷地を一望できるのだ。 一番高いところ(展望台?)に登り、まっくらな海を見ていたら館長さんが「そのまま待っててください」というのでじっとしていたら、下の方でどんどんライトがともり始めた。そう、広い海沿いに広がっている庭園はライトアップできるのだ。池や、瀧や、遊歩道や、据えられた大きな獅子、獅子の形をした岩、そして打ち寄せる波しぶきが浮かび上がる。まるで夢のような世界だった。ほんとーに広い!すっかり夜の幻想世界を堪能していた私だが、実はダンナさんはえらいことになっていたのであった。例のスペシャルルームでトイレを拝借していたのだ。続いて、私は獅子博物館内を案内してもらったのだが、ダンナさんはそれきり戻っては来なかった。部屋のトイレにこもりっきりだったのだ。館長さんはゆっくり見てくださいと言ってくれたのに、それどころではなかったのだ。9時半頃には一応案内も終了、翌日の予定を列車の時刻表を見ながら館長さんと相談、朝食は8時半ということで、ではおやすみなさいとあいさつ。 |
| 部屋に戻るとダンナさんはトイレとベッドを往復の世界に突入していた。弁当にあたったらしい。でも、私はなんともなかったし、食中毒ではなさそうだった。弁当の漬け物が辛くて残そうか迷っていたが、あの刺激がいけなかったか。朝からハードスケジュールだった上に、列車に長時間揺られていたのも関係するだろう。持ってきていた病院の胃腸薬を飲ませ、しばらく様子を見ていたら落ち着いて来た。少し安心して、白湯やお茶を飲ませておなかにカイロも当てさせた。せっかく買った大好きなビールも飲めない何とも気の毒な年越しとなった(ちなみに私は何事もなく平穏に迎えた)。私は足が痛いのと疲れていたせいもあり、ダンナさんとふとんにくるまってテレビのニュースや年越し番組を見ながらぼーっと過ごしていた。今年の年越しは音楽会が都市毎に催され、台北や台中、高雄、台南など各地で盛り上がりを見せていた。今年の台北は若者向けの音楽会。中継以外ではちょっとさみしい紅白歌合戦が気になった。台南の音楽祭に出ていた女性歌手の民謡(のような歌)がよかった。11時をすぎて、テレビはいよいよ盛り上がってきていたが、こちらはすっかり眠くなってしまった。12時前には半分眠っていたが意地で起き、カウントダウンをテレビと一緒にやった。そして、12時ジャストに記念写真を撮りあい、新年おめでとうの挨拶を交わし、そのまま一気に眠りへとなだれこんだ。 |
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